新作『ミッドサマー』の見どころを語るアリ・アスター監督

一昨年、世界中の映画ファンが「今世紀最恐の映画」と絶賛した『ヘレディタリー/継承』のアリ・アスター監督が、新作『ミッドサマー』を引っ提げて、初来日。彼の人懐っこい笑顔から漏れ出る「狂気」に、高橋ヨシキ氏が迫る!

■「隠された宝石」がいっぱい

高橋ヨシキ(以下、高橋)『ミッドサマー』、非常に興味深く拝見しました。非常にユニークで凝った仕掛けの作品で、至るところに暗示的な意味や、その後起きるであろうことへの予兆が散りばめられていますが、一度観ただけではそれと気づかないヒントも多くあります。どの程度まで観客が理解できると想定していますか?

アリ・アスター(以下、アリ)どこまで観客が理解できるか、ということはそれほど考えていないんだ。僕は自分が観たいと思える作品を作るよう心がけている。何度も観返したくなるような映画をね。重層的な作品にするために、できるだけ多くの要素を詰め込みたいんだ。

ただ、すべての要素を物語に組み込もうとすると、映画が長くなりすぎてしまう。だから暗示や予兆という形で作品内に手がかりを残しておくんだけど、それに気づかなくても映画を楽しむ上で問題はないように作っている。

一方で、そういう手がかりに気づいた人が、より注意深く作品を観るようになってくれたらうれしいね。小さな手がかりや暗示の数々は、その意味で「隠された宝石」のようなものだと思っている。

『ミッドサマー』では、村の壁画にこれから起きることが最後まで描いてあるんだけど、だからといって、それが本当に起きることなのかどうかは映画を最後まで観ないとわからない。

高橋 「まさか、これが全部起きるわけじゃないだろうな」と思って観ていたら、本当に壁画のとおりだったのですが、逆に意表を突かれて驚きました。

ところで、本作も、監督の前作『ヘレディタリー/継承』(以下、『ヘレディタリー』)も、一般には「ホラー映画」というジャンルに分類されるわけですが、どちらも実は精神の解放を描いた作品で、結末は一種のハッピーエンドとも言うべきものです。

アリ 『へレディタリー』はホラー映画だといえるけど、『ミッドサマー』が純然たるホラーかどうかは議論が分かれるところだろう。ホラー的なシーンはもちろんあるけど、僕は自分のことをホラー映画の監督だとは思っていないよ。

僕が重視しているのは観客にカタルシスを感じてもらうことだ。『ミッドサマー』のダニーは冒頭で家族を失い、その後もさまざまな人間関係を喪失していくなかで精神の自由を得る。映画のラストには解放感があり、カタルシスがある。

でも、劇場を出てしばらくすると、観客は「あれがダニーにとって本当に良い結末だったのだろうか?」と疑問に思えてくるはずだ。失った家族の代わりに彼女が獲得した、新たなコミュニティはそれほど良いものなのだろうか? 家族の代わりになるほど? むしろ破壊的な性質を持っているのではないか? 観客にはカタルシスと同時に、そういう不安を感じてもらいたいと思っている。毒性のあるカタルシスをね。

高橋 『ミッドサマー』にも『ヘレディタリー』にも、カルト宗教の要素が色濃く出ています。これは現在の宗教をめぐる状況へのアンチテーゼでしょうか?

アリ いやいや、僕はサタニストというわけじゃないからね(笑)。謎めいた儀式やオカルト的な物語が好きなんだ。

本作のヒロイン・ダニー(中央)は白夜の村で行なわれる奇祭に心をかき乱され、やがて取り返しのつかない決断をする

■残酷表現はリアルで衝撃的で、生々しく

高橋 ところで『ミッドサマー』では、登場人物の多くがほぼ全編にわたって幻覚性のサイケデリック・ドラッグの影響下にあります。

ギャスパー・ノエの『クライマックス』(19年・仏)を筆頭に、『ドクター・ストレンジ』(16年・米)、『21ジャンプストリート』(12年・米)などなど、最近はサイケデリック・トリップをモチーフにした映画が多く作られていますが―そういう表現が技術的に可能になったこともあるでしょう―『ミッドサマー』のトリップ表現はとても"リアル"なものに感じられました。

アリ ありがとう。今はもうやらないけど、大学時代に僕は何度かサイケデリック・ドラッグを試したことがあってね。ひどいバッド・トリップを経験したこともある。それを映像化したいと思ったんだけど、当時は予算も技術もなくてね。『ミッドサマー』ではそのアイディアを具現化できた。

もともと『ミッドサマー』のトリップ場面はもっとずっと長かったんだけど、合計で18分ほど削除している。あの表現を"リアル"と言ってもらえてうれしいよ。ほかの映画の「トリップ場面」に僕はいつも不満だったから(笑)。

高橋 ロジャー・コーマン監督の『白昼の幻想』(67年・米)とか?

アリ うん、『イージー・ライダー』(70年・米)とか『真夜中のカーボーイ』(69年・米)とかね。70年代の映画はサイケデリック表現を好んで取り上げたが、やがてトリップ表現は陳腐に感じられるようになった。だから『ミッドサマー』では、型にはまらない、新たなトリップ表現を探求したんだ。

高橋 『へレディタリー』もそうでしたが、『ミッドサマー』にも非常にリアルなゴア描写(血まみれの残酷表現)が登場します。ほとんど検死写真のような「実物感」には監督ならではのこだわりが?

アリ ゴア描写については、常にリアルで、衝撃的で、生々しいものを求めている。映画作りというのはイメージを形作る作業なので、残酷表現も何かを物語るものでなくてはならないと思う。

『へレディタリー』で少女の首が飛ぶ場面を克明に見せたのは、その場面を通じて観客に自分の娘や姉妹を失うことの恐ろしさ、悲惨さを感じてほしかったからだ。それが簡単に乗り越えられるようなものではない、ということをだ。

まあ、『へレディタリー』の一家はその悲しみを乗り越えられなかったわけだけど(笑)。『ミッドサマー』の崖の場面も同じだよ。主人公ダニーは、あの惨劇を目撃することで人生が一変する。それほどのトラウマなんだ。

だからあの場面では、観客にダニーの視線と彼女が受けた衝撃を共有してもらいたかった。極めて暴力的な場面を、可能な限り残酷に描くことで、瞬きもできずに注視する感覚をもたらしたかった。

特殊メイクのチームは『へレディタリー』でも『ミッドサマー』でも素晴らしい仕事をしてくれた。リアルな生首や死体をたくさん作ってもらえて、現場は楽しかったよ。

先月休刊した雑誌『映画秘宝』(洋泉社)の話も。高橋ヨシキ氏(左)は同誌のアートディレクターだった。「(休刊は)残念だね。ジャンル映画の雑誌は僕も大好きだ」(アリ・アスター監督)

●アリ・アスター
1986年生まれ、米ニューヨーク出身。父子の性的虐待を題材にした『The Strange Thing About the Johnsons』(原題)、息子を溺愛する母親の狂気を描いた『Munchausen』(原題)などの短編で注目を集める。2018年に初の長編監督作『ヘレディタリー/継承』が米で公開されると、批評家から絶賛され、多数の映画賞にノミネートされた

■白夜の村で起きる地獄の奇祭!
『ミッドサマー』
TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開中
監督・脚本:アリ・アスター

出演:フローレンス・ピュー、ジャック・レイナーほか
上映時間:147分

【INTRODUCTION】
今ハリウッドの製作陣が"最も組みたいクリエイター"と声をそろえるアリ・アスター監督の長編第2作。白夜の村の"奇祭"に巻き込まれた大学生たちの地獄を描いた本作。さんさんと照りつける沈まない太陽、何かを暗示する不気味な絵画、フレンドリーだけど明らかに異常な村人たち......ヤバイことが起きる気配しかない!

【STORY】
家族を事故で失った女性ダニー(フローレンス・ピュー)は、恋人・クリスチャン(ジャック・レイナー)と民俗学を学ぶ彼の友達に誘われてスウェーデンのある村「ホルガ」へ。この村では90年ぶりに浄化の儀式が9日間にわたって行なわれ、皆が着飾ってさまざまな出し物をするという。ホルガに到着したダニー一行は、この世のものとは思えないほど美しい景色に感動。だが、次第に不穏な空気が漂い始めて......

●高橋ヨシキ
デザイナー、映画ライター、サタニスト。新著は『スター・ウォーズ 禁断の真実(ダークサイド)』(洋泉社)。現在、長編初監督作品『激怒』を製作中

(c)2019 A24 FILMS LLC. All Rights Reserved.